「プロダクトはある。売上目標もある。でも、“ビジョンは?”と聞かれると、言葉に詰まってしまう。」
起業家やスタートアップの相談にのっていると、こんな声を本当によく耳にします。
ビジネスモデルやKPIはスプレッドシートにびっしり書いてあるのに、「何のために存在している会社なのか?」となると、途端にあいまいになるんですよね。
この記事では、オンラインフォームサービスを20年近く育ててきた起業家・Aytekin Tank氏の考え方をベースに、「スタートアップのビジョンをChatGPTで磨き込む3つのプロンプト」を、aihow.jp向けにわかりやすく再構成して紹介します。
「ChatGPTは、資料の要約やメールの下書きにしか使っていない」という人ほど、ビジョンづくりの相棒として試してみてほしい内容です。
なぜ、今“ビジョンづくり”にAIを使うのか
Aytekin氏が立ち上げたのは、いわゆる「オンラインフォーム」を提供するSaaSです。
正直、花形のエンタメサービスではありません。けれど、彼が最初に描いたのはこんなビジョンでした。
「人々の日常の仕事を、できるだけラクにする」
オンラインフォームが得意な「退屈な定型作業」を自動化することで、人がもっと創造的な仕事に時間を使えるようにする──そんな構図です。
テクノロジーやAIの進化、働き方の変化にさらされながらも、彼の会社は長年このビジョンに忠実であり続けてきました。
ここで重要なのは、「プロダクトありき」ではなく「ビジョンありき」で事業を育てている点です。
一方、多くのスタートアップでは、こんなモヤモヤが起きがちです。
「事業アイデアはいくつもあるのに、どれが“自分たちらしい”のか決め切れない」
「採用時に『どんな会社をめざしているのか』をうまく説明できない」
「投資家に聞かれて、その場しのぎのきれいな言葉を並べてしまう」
ここでAI、特にChatGPTの出番です。
ChatGPTは、単に文章をきれいに整えるツールではなく、
・まだ言語化しきれていない頭の中を
・質問と要約を通じて“引き出し”、
・整理し、矛盾や穴も指摘してくれる
「思考パートナー」として使うことができます。
以下で紹介する3つのプロンプトは、まさにそのためのものです。
1. コア・バリューをあぶり出すプロンプト
最初のステップは「コア・バリュー(中核的な価値観)」をはっきりさせることです。
コア・バリューとは、会社がどんな状況でも手放したくない“信念”のようなもの。
売上が落ちても、流行が変わっても、「ここだけは譲らない」という基準です。
逆に、よくある失敗パターンはこんな感じです。
「イノベーション」「誠実さ」「顧客第一」──カッコいい単語を5〜6個並べただけで、正直どの会社も同じように見える。
チームメンバーに聞くと、「それって本当にうちの会社っぽい?」と首をかしげる人もいる。
そんな時に使いたいのが、「価値観をストレステストする」タイプのプロンプトです。
たとえば、まず自分たちが大事にしていると思う価値観を、素直に書き出します。
・スピードを重視する
・ユーザーの声を最優先する
・完璧よりも実験を重ねる
・チームの心理的安全性を守る
など、思いつくままに10個前後。
そのうえで、ChatGPTにはこんな感じで投げかけます。
「私たちのスタートアップが大事にしている価値観の候補を挙げます。
それぞれについて、“本当のコア・バリュー”なのか、それともただの理想やスローガンなのかを見極めるための質問を投げかけてください。
私が質問に答えたあと、その内容をもとに、3〜5個の“本物のコア・バリュー”に絞り込むのを手伝ってください。」
ポイントは、ChatGPTに「質問してもらう」ことです。
・「この価値観のために、現実にどんなコストを払ったことがありますか?」
・「もしこの価値観と利益が衝突したら、どちらを優先しますか?」
・「10年後も変わらず大事にしていると言い切れますか?」
こんな問いを投げられると、こちらも考えざるを得ません。
「口では“ユーザー第一”と言っているけれど、実は短期の売上を優先しているかも…」といった“ズレ”にも気づきやすくなります。
いったん質問に答えきったところで、ChatGPTに「ここまでのやり取りを踏まえて、3〜5個にまとめて」と依頼すれば、かなり“自分たちらしい”コア・バリュー案が出てきます。
2. コア・パーパス(存在理由)を言語化するプロンプト
次のステップは、「コア・パーパス(中核的な存在理由)」です。
コア・バリューが「どう振る舞うか」を示すのに対して、コア・パーパスは「なぜ存在するのか」を表現するものです。
・売上〇億円
・市場シェア〇%
・来期の成長率
こうした“目標”とは別に、「この会社は、社会の中で何を変えたいのか?」を一文で言い表したもの、とイメージするとわかりやすいと思います。
記事の中では、エコ素材のスニーカーで知られる「オールバーズ」の例が出ていました。
彼らの目的は「おしゃれで履き心地の良い靴をつくること」ではなく、
「人がスタイルと快適さを楽しみながら、地球環境への負荷を減らせるように、靴づくりの前提そのものを変えること」
に近いと言われています。
ビジネスモデルを超えた“存在理由”があるからこそ、長期的な方向性がぶれにくくなるわけです。
ここでも、ChatGPTにこう頼んでみます。
「私たちの事業内容・ターゲット・解決したい課題・大切にしたい価値観を書きます。
その情報をもとに、“利益や短期の目標を超えた、私たちが存在する理由”を、一文のコア・パーパスとして提案してください。
その際、(1)長く使える、(2)チームが誇りを持てる、(3)自社ならではの独自性がある表現にしてほしいです。」
コツは、先に
・どんなユーザーを助けたいのか
・ユーザーは今、どんな不便やストレスを抱えているのか
・自分たちがそれをどう変えたいのか
を、できるだけ具体的にメモしてからプロンプトに貼り付けることです。
「コア・パーパス案を1つだけでなく、トーンの違う案を3つ出して」と頼むと、
・落ち着いた“ミッション文”っぽい案
・少し挑戦的なキャッチコピー寄りの案
・社内スローガンとして使えそうな短い案
など、比較検討しやすくなります。
そのうえで、「ここだけは自分たちの言葉で書き換えたい」と思う部分を手で直せば、“借り物ではない一文”に近づいていきます。
3. 5〜10年先の未来から、ビジョンを見直すプロンプト
最後のステップは、「会社を未来に投影する」ことです。
スタートアップは、とかく“今”に追われがちです。
「来月のキャッシュが心配」
「とりあえずこの機能を出さないと競合に見劣りする」
「投資家に見せる数字を…」
もちろん大事なのですが、ビジョンは本来、5〜10年先を見据えて設計するものです。
ここでもChatGPTを、未来シミュレーションの相棒として活用できます。
たとえば、次のように頼みます。
「現在の企業ビジョン案を貼り付けるので、5〜10年先を見据えた観点からレビューしてください。
市場の変化、顧客行動の変化、技術の進歩、規制環境、競合状況の変化などを踏まえて、
- このビジョンを強くするための提案
- 見落としていそうなリスクや死角
- 長期的にビジョンを“しなやかで折れにくいもの”にするための工夫
を整理して教えてください。」
これを投げると、ChatGPTは、
・「このビジョンは、特定の技術トレンドに依存しすぎていませんか?」
・「人口動態の変化や環境規制の強化が進むときに、どんな影響が出そうですか?」
・「既存大企業が参入した場合でも、貴社の立ち位置は維持できますか?」
といった“外部環境の変化”を前提にした指摘を返してくれます。
創業メンバーだけで議論していると、どうしても「今のプロダクト」や「目の前の顧客」だけを見てしまいがちです。
一度、AIに“未来の想定外”を洗い出してもらうことで、
「この表現だと、10年後には古びてしまいそうだな」
「環境変化があっても揺らがないレベルまで、ビジョンを抽象度高めにした方がいいかも」
といった微調整がしやすくなります。
ChatGPTプロンプトを使いこなすための3つのコツ
ここまで3つのプロンプトを紹介しましたが、「うまくいかない…」となりがちなポイントもあらかじめ押さえておきましょう。
- 一発で“完璧なビジョン文”を出そうとしない
最初から完成形を求めると、どこかで見たような“きれいすぎる文章”になりがちです。
むしろ、「叩き台を10案出して」「ツギハギでいいからアイデアを並べて」とラフに使う方が、結果的に自分たちらしさが残ります。 - できるだけ“生の言葉”を渡す
プロンプトに貼る情報を、最初からきれいな文章に整える必要はありません。
「正直ベースの悩み」「チーム内で実際に出た会話」「ユーザーから言われて刺さった一言」など、生々しいメモほどAIはうまく料理してくれます。 - 思考そのものをAIに外注しない
ChatGPTが出した文章を、そのまま“会社のビジョン”として掲げるのはおすすめしません。
大事なのは、AIが出してくれた案を読みながら、創業メンバーが「これはしっくりくる」「これは違和感がある」と話し合うプロセスです。
ビジョンは“文章”ではなく、“チームの合意”だと考えると、AIの使い方も変わってきます。
ビジョンが明確になると、日々の意思決定がラクになる
ここまで読んで、「ビジョンなんて後からついてくるものでは?」と感じた人もいるかもしれません。
ただ、ビジョンがはっきりしている会社ほど、
・採用する人・しない人の判断
・やるプロジェクト・やらないプロジェクトの線引き
・プロダクトの機能追加の優先順位
といった日々の意思決定が驚くほどラクになります。
「うちは“◯◯を当たり前にする会社”なんだから、この機能追加より、まず△△の改善が先だよね」
「“□□をなくす”のがビジョンだから、短期の売上が落ちてもこの仕様は譲れない」
といった会話が、チーム内で自然に起きるようになるからです。
その意味で、ビジョンづくりは“かっこいいスローガン作り”ではなく、むしろ“未来の自分たちに対する意思決定マニュアル”に近いものと言えます。
まとめ:AI時代のビジョンづくりは、もっとラクでいい
生成AIの登場で、起業のハードルはどんどん下がっています。
プロトタイプも、資料作成も、マーケティングコピーも、昔よりはるかに少ないリソースで試せるようになりました。
だからこそ、今いちばん差がつくのは、
「どんなツールを使うか」よりも
「どんなビジョンのもとでツールを使うか」
というポイントなのかもしれません。
・コア・バリューをあぶり出す
・コア・パーパスを一文にまとめる
・5〜10年先の未来からビジョンを見直す
この3つのプロンプトは、どれも今日からChatGPTにそのまま投げられるものです。
「ビジョンがふわっとしていて、説明するたびに言葉が変わってしまう」
「創業メンバーの頭の中にしかビジョンがない」
そんな状態から抜け出したいと感じているなら、資料づくりの前に、まずは“ビジョンづくりのためにAIを開く”習慣をつくってみてください。
AIを“作業代行ロボット”から、“一緒に考えてくれるパートナー”に変えられた時、スタートアップのビジョンはもう一段、クリアに見えてくるはずです。
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